2014年10月30日木曜日

死は休息?永眠?「エボラ出血熱」の根底を考える★メールで仏教教室

From: とどろきクラブ 
日付: 2014年10月30日 17:00
件名: 死は休息?永眠?「エボラ出血熱」の根底を考える★メールで仏教教室
To: simizu.h


みなさん、こんにちは!

木曜日の“とも”です。

もう10月も終わりですね。

風邪など ひかれないよう、気をつけてくださいね(^^)


「エボラ出血熱」の感染者が

アメリカのニューヨークでも確認され、

衝撃が広がっています。


日本でも、海外からの入国者全員に、

空港で滞在歴の確認を始めるなど、対策強化を打ち出しています。

国内で感染者が見つかった場合に備え、

患者の搬送や治療など

種々の課題の検討が急がれているようです。


「デング熱」の感染も報道されていますが、

「エボラ出血熱」の感染は、

より深刻に受け止められるのは、どうしてでしょう?



わたくしたち、

「怖いな」「不安だな」と思うこと、いろいろありますね。


病気が怖い・・・

老いが怖い・・・

核戦争が怖い・・・

テロが恐ろしい・・・

環境破壊の未来はどうなる?・・・

温暖化は止められないのか?・・・

などと、騒いでいます。


これらの不安の根底にあるものは何でしょう。

皆さん、もう お気づきでしょう。



根底には、「死」の不安が あるのです。

「死」という核心に触れることを避け、

衣を着せて、対面しようとしています。



「38度の高熱で うなされる風邪」と

「自覚症状のないガン」と、

どちらが恐ろしいかを考えても、

根底にある不安は何か、分かられると思います。



「エボラ出血熱」に限らず、

「死」に直結するような病にかかると

医師の一挙手一投足、一言半句に一喜一憂し、

ある時は死を予感し、

ある時は治るのではないか……と希望を抱きます。



近代合理主義の教育を受けて

「死のもたらすものは、暗黒と消滅のみだろう」と、

“死後の無を肯定”しようとしても、


わたくしたちの感情は、死の不安に耐え切れず、

“死後を肯定”しようとして

その矛盾に、苦しんでいます。


「死は休息である」とか

「永眠である」などと、言ってはいても、

結局のところ、

「死んだらどうなるか、ハッキリしない……」

これが 本心では ないでしょうか。


この確実な未来を、

「往生一定(おうじょういちじょう)」と

明らかにするのが、

仏法の目的であり、阿弥陀仏の救いであります。


では 「往生一定」とは どんなことでしょう。

とても大事な仏教の言葉ですので、

【仏教教室】で学んでくださいね。


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